PUBLIC NOTE
Deere社のマニュアスプレッダー
John Deere マニュアスプレッダーの変遷
John Deere(Deere & Company)のマニュアスプレッダーの歴史は1900年代初頭まで遡る。当初は他社製スプレッダーの販売から始まったが、そのメーカーを買収して自社生産へ移行し、その後、床コンベア式、PTO駆動式、Hydra-Push式へと発展した。
- Kemp & Burpee製「Success」から始まったDeereのスプレッダー
John Deereがマニュアスプレッダーを扱い始めたのは1902年頃である。当初はKemp & Burpee Manufacturing Co.が製造していた「Success」マニュアスプレッダーをJohn Deereの販売網で販売していた。[1]
Successには、移動床(moving floor)によって堆肥を後方へ送り、後部の水平ビーターで散布する機構が採用されていた。[1]
1910年、DeereはKemp & Burpeeを買収し、その後はイリノイ州East MolineでSuccessを生産するようになった。[1]
大まかな系譜は、
Kemp & Burpee ↓ Success Manure Spreader ↓ 1902年頃 John Deereが販売 ↓ 1910年 DeereがKemp & Burpeeを買収 ↓ John Deereによる自社開発・生産
となる。
- John Deere独自型への発展
その後、DeereはModel B、Model Cなど独自のマニュアスプレッダーを開発した。
この時代には、ビーターを後車軸付近に配置する「Beater-on-the-Axle」方式などが採用され、荷箱を低くすることで人力による堆肥積み込みを容易にしていた。[1]
1930年代になると、それまで主流だった木製荷箱から鋼製構造への移行が進んだ。また、トラクターの普及に伴ってPTO駆動式のスプレッダーも登場した。[1]
- 床コンベア式マニュアスプレッダー
その後長期間にわたり、マニュアスプレッダーの標準となったのが床コンベア(apron / conveyor)式である。
基本構造は、
堆肥 ↓ 床面のチェーン+横桟 ↓ 後方へ搬送 ↓ 後部ビーター ↓ 粉砕・散布
というものである。
John Deereでも34、40、44、54、660、680など、多数のスプレッダーが展開された。
特にカナダ・オンタリオ州のJohn Deere Welland Worksは、Deereのスプレッダー生産における重要な拠点であった。
1981年のカナダ政府資料によると、Welland Worksでは世界市場向けに6種類の製品系列を設計・製造しており、その中には5機種のconveyor manure spreaderが含まれていた。[2]
同資料ではJohn Deere 680が具体例として掲載されており、容量は約9.86 m³(400 bushel)、約10 tの堆肥を積載できるとされている。[2]
したがって、少なくとも680を含む当時のDeere製コンベア式スプレッダーの一部は、
John Deere Welland Works, Ontario, Canada
で生産されていたことが確認できる。
- 床チェーン式からHydra-Pushへ
スプレッダーが大型化すると、床チェーン方式にはチェーン、スプロケットなど多数の可動部品が必要になる。
そこでDeereは1970年代末に、床チェーンとは異なるpush-off方式のマニュアスプレッダーを本格的に開発した。
その中心となる特許が、
US4220280A “Manure spreader”
である。[3]
この特許は1978年12月4日にDeere & Companyから出願されており、発明者は、
- Clarence R. Trott
- Gerardus A. Veldhoven
- Dennis P. Chadwick
の3名である。[3]
したがって、後のHydra-Pushにつながるこの機構は、他社から完成品を単純にOEM供給されたものではなく、少なくとも中核技術についてはDeere自身が開発・特許化していたことが確認できる。
- Hydra-Pushの特徴
US4220280Aの特徴は、荷箱の床とプッシュ板を組み合わせて二段階で堆肥を後方へ送る点にある。[3]
概念的には、
油圧シリンダ ↓ 前側の可動床を後退 ↓ 可動床が後方床の上へ重なる ↓ プッシュ板をさらに後退 ↓ 堆肥を後部ビーターへ供給
という動作を行う。
つまり、荷箱全長と同程度の非常に長い油圧シリンダを単純に使用するのではなく、可動床とプッシュ板の移動量を組み合わせることで長い排出ストロークを得る仕組みである。[3]
Deereはこの方式についてさらに改良を続けている。
1981年にはRory Raeを発明者とする、
US4394976A “Hydraulically operated push-off manure spreader”
が出願された。[4]
この特許でも、前側の床が後側の床の上へスライドし、その後プッシュ板によって材料を後方へ送る構造が明記されている。また、この特許は先行するUS4220280AをDeere自身の先行技術として明示している。[4]
このことから、Hydra-Pushは単一のアイデアだけではなく、Deereが1970年代末~1980年代初頭に継続的に開発した技術系列だったことが分かる。
- John Deere 450 / 455 / 780 / 785 Hydra-Push
Hydra-Push方式を採用した代表的な機種として、
- John Deere 450
- John Deere 455
- John Deere 780
- John Deere 785
が知られている。
これらがHydra-Push系列だったことは、現在もPik RiteがJohn Deereの「discontinued Hydra-Push Spreaders」として450/455および780/785用部品を供給していることから確認できる。[5]
従来型とHydra-Pushの違いを簡略化すると、
従来型
床チェーン ↓ 堆肥を後送 ↓ ビーター ↓ 散布
Hydra-Push
油圧駆動 ↓ スライド床+プッシュ板 ↓ 堆肥を後送 ↓ ビーター ↓ 散布
となる。
- 450はタカキタ製OEMだったのか
日本のタカキタも現在、プッシュ式マニュアスプレッダーを製造している。
現在の「Power Push Manure Spreader」には、
Hydraulic two-stage push / two-stage slide floor mechanism
すなわち「油圧2段プッシュ・2段スライドフロア」が採用されている。[6]
そのため、外観や基本的な作動原理を見るとJohn Deere Hydra-Pushとの類似性を感じる。
しかし、現在確認できる資料からは、
- John Deere 450をタカキタがOEM生産した
- DeereがHydra-Push技術をタカキタへライセンスした
- Welland Worksとタカキタが共同生産した
という事実は確認できない。
むしろ、Hydra-Pushの基本技術についてはDeere自身が1978年に特許を出願している。[3]
したがって、
John Deere 450 = タカキタ製OEM
とする根拠は現在のところ見つかっていない。
- タカキタのプッシュ式技術
一方、タカキタにも独自のマニュアスプレッダー関連特許が存在する。
例えば、
JP2012244908A「堆肥散布機の堆肥後送装置」
は2011年5月25日にタカキタから出願されている。[7]
発明者は、
- 橋本公憲
- 杉原敦
である。[7]
この特許では、従来技術として、
- コンベア型
- プッシュ型
という2種類の堆肥送り方式が存在することを説明したうえで、それぞれの問題を解決するために床コンベアとプッシュ板を組み合わせた複合型送り装置を提案している。[7]
したがって、タカキタは「プッシュ式」という概念そのものを発明したわけではなく、既存のプッシュ式とコンベア式を踏まえながら独自の改良を進めていたことが分かる。
また、タカキタでは少なくとも1998年にも堆肥散布機に関する特許出願が確認できる。[8]
- Deere Hydra-Pushを引き継いだPik Rite
John DeereがHydra-Pushの生産を終了した後、この系列を直接引き継いだことが確認できるメーカーが、米国ペンシルベニア州のPik Riteである。
Pik Riteの公式社史には、
2000年にHydra-Ram Manure Spreaderを発売し、それは以前John Deere Hydra-Pushとして知られていた機械である
ことが明記されている。[9]
またPik Riteは現在でも、
- John Deere 450 / 455
- John Deere 780 / 785
Hydra-Push用として、
- gearbox
- wood slide
- floor strap
- hydraulic cylinder
- bearing
- beater
- beater blade
などの交換部品を供給している。[5]
したがって、確認できる直接的な技術・製品系列としては、
John Deere Hydra-Push ↓ 450 / 455 / 780 / 785 ↓ John Deereが生産終了 ↓ 2000年 Pik Rite Hydra-Ram ↓ 現在もPik Riteが旧Deere機用部品を供給
という流れになる。
- John Deereマニュアスプレッダーの大まかな変遷
1902年頃 Kemp & Burpee製「Success」をJohn Deereが販売 [1]
↓
1910年 DeereがKemp & Burpeeを買収 [1]
↓
1910年代~ Model B / CなどDeere独自型へ発展 [1]
↓
1930年代~ 木製から鋼製へ PTO駆動式が登場 [1]
↓
戦後~1970年代 床コンベア式が主流 大型化・高容量化
↓
Welland Worksで複数のconveyor spreaderを生産 [2]
↓
1978年 Deereが二段式push-off機構を特許出願 US4220280A [3]
↓
1980年代~ John Deere Hydra-Pushシリーズ 450 / 455 / 780 / 785 [4][5]
↓
John DeereがHydra-Pushを生産終了
↓
2000年 Pik RiteがHydra-Ramを発売 旧John Deere Hydra-Push系列を継承 [9]
↓
現在 Pik Riteが旧John Deere Hydra-Push用交換部品を供給 [5]
- まとめ
John Deereのマニュアスプレッダーは、
他社製品の販売 → メーカー買収 → Deereによる自社設計 → 床コンベア式 → PTO化・大型化 → Hydra-Push式 → Pik Riteへの系列継承
という変遷をたどったと整理できる。
特に450などのHydra-Push系列については、Deereが1978年から関連特許を取得しており、Deere自身による技術開発だったことが確認できる。[3][4]
また、カナダのWelland WorksがJohn Deereのマニュアスプレッダー生産拠点の一つだったことも一次資料に近いカナダ政府資料から確認できる。[2] ただし、450の全個体がWelland製だったかについては、現段階では断定を避けるべきである。
一方、日本のタカキタも後年、2段プッシュ・2段スライドフロア方式の大型マニュアスプレッダーを開発しているが、John Deere 450をタカキタがOEM生産したことを示す資料は現在のところ確認できない。[6][7]
むしろJohn Deere Hydra-Pushの直接的な後継系列として資料上確認できるのはPik Rite Hydra-Ramである。[5][9]
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参考文献
[1] Successful Farming, “Celebrating the History of the Manure Spreader.” John Deereが1902年にKemp & BurpeeのSuccessを販売し、1910年に同社を買収した経緯、およびModel B/C、鋼製化、PTO化について記載。
[2] Government of Canada, Canadian Agricultural Equipment, 1981. John Deere Welland Worksについて、世界市場向けに6製品系列を設計・製造し、5機種のconveyor spreaderを生産していたことを記載。Model 680も掲載。
[3] Deere & Company, US Patent US4220280A, “Manure spreader,” filed Dec. 4, 1978, published Sept. 2, 1980. Inventors: Clarence R. Trott, Gerardus A. Veldhoven, Dennis P. Chadwick.
[4] Deere & Company, US Patent US4394976A, “Hydraulically operated push-off manure spreader,” filed July 9, 1981, published July 26, 1983. Inventor: Rory Rae.
[5] Pik Rite, “John Deere Spreaders / Manure Spreader Parts & Service.” 生産終了したJohn Deere Hydra-Push 450/455および780/785用交換部品を現在も供給していることを記載。
[6] Takakita Co., Ltd., Takakita Products – Manure Spreader, 2025. Power Push Manure Spreaderについて「Hydraulic two-stage push / two-stage slide floor mechanism」と記載。
[7] 株式会社タカキタ, 特開2012-244908(JP2012244908A), 「堆肥散布機の堆肥後送装置」, 出願日2011年5月25日. Inventors: 橋本公憲, 杉原敦.
[8] Takakita Co., Ltd., JP2000184807A, “Compost spreader,” filed Dec. 18, 1998, published July 4, 2000.
[9] Pik Rite, “About Pik Rite.” 2000年にHydra-Ram Manure Spreaderを導入し、同機を”formerly known as the John Deere Hydra-Push”と説明。