八郎潟の干拓機械
秋田県に、かつて日本で2番目に大きい湖があった。 八郎潟。
戦後の国内食料生産増強を図るため、干拓を行い農地を切り開く計画を立て実行した方々がいた。
現代日本では農地の住宅化が進んでおり、農地面積はどんどん減少しているのが現実だが、ほんの僅か70年前は、農地の拡大、食料生産の安定化、国力の増強が急務であったのだ。
そんなアタオカ計画を実行するのに、人手でお気持ちでってのは到底無理な話であり、オランダのヤンセン教授らに習い、大型機械を利用した工事、農地開拓が行われたのだ。
降雪地帯での湖の干拓、という難工事を達成するためには、幾重もの困難が待ち構えており、機械も通常の機械では太刀打ちできず、改造・改良が多段に組み込まれ、なんとか乗り切った。
「八郎潟を干拓し広大な農地を造る」、その執念で人々の手足となり干拓を成功に導いた機械たちは忘れ去られているものばかりだが、現代の農業機械の礎となったものも少なくない。
ほんの数十年前に、秋田の加工な泥濘地帯で我々に食料を供給せんとあくせく動いていた機械・人、に思いを馳せ、八郎潟の干拓機械をここにまとめる。
色々な雑誌リンク
一番まとまっているのは、 八郎潟干拓地耕地整備委員会 総括報告書 だと思う。
他に、 建設の機械化1965年2月 などもよくまとまっている。
特殊な機械たち
Quality Marsh Equipment Co. Inc
泥上車として、初期に色々持ってきていた。
King of the marshes 当時の貴重なカタログ。
DL版はここ Quality Marsh Equipment
八郎潟の干拓初期には、Wheel buggy, Amphibious four wheep drive carrier, 104W-HD-59, が導入されたのであろう。
Gurries GP40
干拓地を水田にするためには均平が必須、ということで、昔ながらのランドプレーンをアメリカから持ってきてNTK4 などで牽引していたようだ。 Gurries GP40
このランドプレーンの運用については、1963年11月の建設の機械化に、佐野文彦氏が寄稿している。
Demag G161
小排水路の掘削のために、Demag のロータリートレンチャー、G161が用いられたらしい。
Vendenende Drainmaster
暗渠パイプ(塩ビパイプ)を敷設するために、オランダから持ってきた。